台風が来たので、ボブ・ディランのハリケーンと冤罪の話

台風がすぐそこまで来ているのでなんとなくBob Dylanの「Hurricane」を聴いてみました。実に不謹慎ですが。。

スポンサーリンク

ルービン・”ハリケーン”・カーターの冤罪事件

有名な歌ですが、基本歌詞をみないのが私です。ということで、ちょっと調べてみました。

この歌は冤罪事件を歌ったものです。ルービン・カーターという黒人のプロボクサーが3人の白人の殺人事件の容疑者として逮捕されます。どうも証拠が微妙な状況なのに、裁判も陪審員がすべて白人で、カーターは終身刑に処せられるという事件

で、そんな歌詞の一節がこれ。

All of Rubin’s cards were marked in advance
The trial was a pig-circus, he never had a chance.
The judge made Rubin’s witnesses drunkards from the slums
To the white folks who watched he was a revolutionary bum
And to the black folks he was just a crazy nigger.
No one doubted that he pulled the trigger.
And though they could not produce the gun,
The D.A. said he was the one who did the deed
And the all-white jury agree

要するに、証拠はでっち上げ、裁判は茶番劇、白人にはならず者と思われ、黒人たちにもcrazyなやつだと思われ、誰もが彼が殺人を犯したと思っていました~っていうお話なわけです。

一時的にせよ、世間の風潮は「あいつがやったに決まってる」になってたわけですな。

よく似ている袴田事件

日本でも話題の冤罪があります。袴田事件は逮捕されたのが、同じボクサーということで、重複を感じる方も多いでしょう。さらに証拠の捏造、拷問のような取り調べなど、共通点は多いかと思います(なんと事件は同じ1966年6月に発生)。

これらの裁判は結局「ボクサー」だからとか「黒人」だから、「こいつがやったに決まってる」という前提のもとで行われていったのではないでしょうか。

検察がいくら強引なことをやっても裁判所が証拠が曖昧なものだから、と判断していれば問題は起きなかったはずです。

というか、そのような失敗があるから二重チェック機関として裁判所があるんじゃないの?と思っています。(検察に責任がないとはいってませんよ。。)

裁判員制度が恐い

そして、裁判員制度によって私自身も重大な事件の判決に関わる可能性がある現在、裁判所のお仕事だから、と安易に他人の失敗にしてはいけないことかと思うと、ちょっと恐いことだな~と思いました。

強面の検事が「こんな証拠があるからこいつは有罪です」と言い切っている状況で「違う」といえるでしょうか。他の不利な証拠を隠している、など想像できるでしょうか。さらにいえば、その場で疑問を感じても、手を上げて「違うと思います」と言う勇気が自分にあるかどうか。

正直、自信はありません。

だからこそ、こういう事件もあったということを世間が認識して、自分も知ることが重要なのではないかと思います。

台風きっかけで冤罪について考える一日になるとは思いませんでした。。

スポンサーリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>